京都大骨董祭、行ってきました。
秋も春も行けなかったので、一年ぶり。
朝食を食べていなかったので、会場に入るなりカレーライスを思い出しました。
以前書いた、特設食堂で売っているチープで美味しいカレーライス。
んでもまあ、それどころではないわけで。
初日を逃したぶん、気合入れていかないと。
働かざるもの食うべからず的精神で場内を巡っていたわけだけれど、ふと流れてきたアナウンスに気勢をそがれてしまいました。
「・・・・丹精込めて作ったカレーライスです。おすすめです。うちの家内が昨晩、人参とじゃがいもを切りました。わたしも、玉葱を切りました。・・・・うちの家内は、何のとりえもありませんが、強いて言うなら、美人です。本当に、美人です。美しくて云々」
って、おっさん、何言ってんの!?
骨董はおろかカレーライスからも逸脱してしまったおっさんに負け、食堂へ向かったのでした。
たびたび流れるアナウンス、すごいよ。
どっかのおっさんが、恥ずかしさを含ませつつ、
「この会は、お客さんあっての会なのです。・・・お客さんが楽しんでくだされば、それでいいわけです。・・・楽しんでくださっておりますでしょうか。・・・何卒お楽しみください」
って、一生懸命語りかけてくるのだ。
だいたいおっさんが語りかけてくる場内アナウンスなんて、そうそう聴けない。
(おっさんおっさんって、たびたび失敬!)
今回いちばん欲しかったのが、蝋型のガラス細工(・・・何て言うんだっけ)のブローチ。
偶然通りかかった友達に、挨拶もそこそこに「これっ!!」って見せてしまうくらい、吾も忘れんばかりの素敵さ。
見れば、見るほど、すばらしい。
けど、15万だった。
買えない金額のものには諦めは早いのだけれど、これは分かっていても辛い別れだった。
友達に再会したとき、「あのブローチ買った?15,000円だったしね。」って言われた。
内心殺気立った。
今回の購入物はアンティークボタンとビーズ、それとエマイユのブレスレット。
非常に小さくて可愛いくせに、可愛くない値段のものたち。
・・・気合の入ったラインナップじゃないよなあ。
- 2006/07/01(土) 22:22:12|
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露天市に行く日は、5時半に起きる。
それが日曜だと、支度をしながら5:45からの15分番組「釣りごろ釣られごろ」を観る。
釣りをしたことないのに。
今朝はゲストにスカパラのベーシストが出ていた。
アマゴが釣れたときの彼の笑顔。
自分の笑顔が魅力的なことを承知しているのがこちらにも伝わるが、それでも魅力的な笑顔だ。
オトナの、コドモっぽい笑みがいかにステキか分かっている笑顔。
これは、自分の現在の在り方を肯定していて、人生にポジティブな人しかできない。
そんなことを言っているわたしには一生無理な表情なので、少しだけ羨ましかった。
あー。釣りやってみたい。
ちなみに、スカパラは「タモリの音楽は世界だ」以来好きよ。
- 2006/06/25(日) 23:29:45|
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日本画家の松井冬子さんがあんまりにもべっぴんでびびった。
「新日曜美術館」にゲストとして登場されていた。
朝から衝撃。
これまでお顔は存じ上げませんで。
こんな美人が描いているとは思わなかった。
紹介されるまで、誰この女優?って思っていましたよ。
雨だから、天神さん(露天市)に行かなかった。
だから、テレビを観ていた。
正解。
知人がいいものなかったって言っていたし。
美しい二人(甲斐庄楠音と松井冬子)を拝めたし。
松井さんを眺めながら連想したのが、講義を受けたことのある女性講師。
大学で受けた講義の中で、数少ない「良い授業をする先生」だった。
この方は、とても整った顔立ちをされている。
化粧の映える顔立ちの美人。おそらく四十代。
あるとき友人が、トイレでその女性講師に遭遇した。
ファンデーション片手に鏡と対峙し、その姿は病的なほどだったそうだ。
美人は、持ち合わせた美貌にも飽くことを知らず、時に過剰に己を装飾し、塗り固めてしまうようだ。
美を追求する仕事をする美人がそうなっているのを見ると特に、わたしは消化不良をおこす。
それが、内的弱点を露呈させているように思うから。
退廃的な美にも見えてくるんだけれど。
松井さん、化粧が濃すぎる。
本来はもっと美しい人なんだろうに。
同様の意味で、中島美嘉の化粧がケバくなかったら、もっと好きな顔なんだろうと思う。
美人は美人なりに、大変だ。
「こんな美人が描いている(あるいは書いている)とは思わなんだ」
なんて言われたら、プレッシャーがかかるでしょ。
容姿に特筆すべきものがあれば、純粋な作品の評価だけでなく、身体も付加価値となりうる。おおいに。
そして、何もせずともゴシップの対象に晒される危険が高まる。
松井さんにもその先生にも、自身の身体から超脱できない弱さを見てしまった気がする。
美しい身体をもってしまった、表現者の弱さ。
失礼を承知で言うけど、白洲正子が「イマドキ美人」だったら、あの文章は書けなかったと思う。
とか、ただのわたしの妄想の産物で、実は松井さんのアレが純粋にパフォーマンスの一環だったら、一生ついていきます。
美人否定論っぽくなってしまったけれど、美人は強味でもあるからね。当然。おおいに。
ところで、うちに「FOR PUB」ていうタイトルのCDを置いていったの、誰?
見当違いの相手に返しに行っちゃった。
- 2006/06/25(日) 22:19:47|
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